その「正しさ」、本当にあなたのものですか?
誰かを責めたくなったとき。 自分の意見を曲げたくないとき。
実は、あなたの意思ではなく
「〇〇の亡霊」が喋っているだけかもしれません。
〇〇=記憶
自分が正しいと信じて疑わないときほど、 人は一番、不自由になっています。
なぜなら、その「正しさ」の出所を、 ほとんどの人が忘れてしまっているからです。
それは、幼い頃に親に言われた禁止事項かもしれない。 かつて自分を傷つけた誰かへの復讐心かもしれない。
あるいは、社会という顔のない集団に 「こうあるべき」と書き込まれただけの、ただのデータかもしれない。
つまり、あなたの口から出ている正論は、 過去の誰かの「借り物の記憶」であることが多いんです。
自分の記憶に、自分が乗っ取られている状態。 これを私は「正しさの病」と呼びたい。
「正しい」を振りかざして戦うとき、 現場に「今のあなた」は不在です。
そこにいるのは、過去のパターンを繰り返すだけの自動機械です。
一度、その正しさを横に置いて、
「本当は、どう感じている?」
と自分に聞いてみてください。
借り物の言葉は、相手を刺すことはできても、 自分を満たすことは一生できません。
記憶に従うのではなく、 違和感に従うこと。
誰の記憶でもない、 真っ新な「今の感覚」で選んだとき、 人生のハンドルは、ようやくあなたの手に戻ってきます。
正しさを手放すのは、負けることではありません。 過去の支配から、自分を奪還することなんです。

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