「分かり合える」と信じるのをやめたとき、
本当の「〇〇」が始まります。
大切な人だからこそ分かってほしい。伝わってほしい。
その執着が、皮肉にも二人の距離を遠ざけているとしたら。!?
「諦める」ことから始まる、新しい関係の形があります。
本当の【〇〇=調和】は、
「分かり合えない」というお互いの認識の先にしか存在しないのかもしれません。
他人はもちろん、家族ですら、自分とは全く異なる宇宙を持った存在です。
「分かるはずだ」という思い込みは、相手の個性を自分の枠に押し込める、自分本位の行為ですらあるように思えます。
なぜなら、理解して欲しいのは自分ですから。
この際ですから、一度、
「分かり合えない。分かり合えなくていい」と、
そっと手放してみることも必要かなと思えます。
すると、分かってもらおうとする力みが消え、ただ「違う存在」として並んで立つ静かな自由が生まれるのだと思います。

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