なぜ、「塩梅(あんばい)」を伝えているのか?
【ゆるむ】ではなく【塩梅】なのか?
今、私たちは——
ストレスの多い社会の中で、
知らず知らずのうちに“力んで”生きています。
一生懸命に生きようとして力み、
もっと学ぼうとして力み、
虚しさを埋めたくて、また力む。
さらには「力を抜こう」としてさえ——
気づけば力が入ってしまっているのです。
そんな現代の空氣そのものが、
どこか“ピンと張り詰めている”ように感じます。
私は、そこに**やわらかな「ゆるみ」**を届けたいのです。
けれど、「ただ緩めればいい」とは言いません。
“ゆるむ”という感覚は、ときに他者や社会との関係性によって、
どうしても揺れてしまうものだから。
だからこそ、私は**「塩梅(あんばい)」**という言葉を選びました。
塩梅とは、自分の内側に問いかけて、
「いま、ちょうどいいかたち」を見つけていく行為。
他人の基準ではなく、自分の感覚を頼りにできる。
だから、外に振り回されずに“自分をゆるめる”ことができるのです。
「もっと良くなりたい」
「何かを学びたい」
そう願う真面目な人ほど、実は力が入りすぎてしまう。
それは決して悪いことではありません。
でも——ずっと力が入り続けていると、何も“入ってこられない”。
だからこそ、ほんの少し、隙間を作ってほしい。
その隙間に、新しい風が入ってくるから。
私は、そんな「自分のための塩梅」を、
この連載を通して伝えていきたいと思っています。


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