嫌われたくないから嫌われないようにしようとします。
これは半分あってますが半分は大いに違います。
嫌われないようにするから嫌われることって実は多いんです。
よくありませんか、嫌われないように努力している人の方が嫌われて、
何も考えてない人の方が好かれてるって。
その理由は?
嫌われたくないから、嫌われないようにする。それって実は前提がよくないんです。
嫌われないようにするということは自分に嫌われる要素があるという事を認めているということになります。
つまり内面は嫌われる、でも、嫌われないように表面はしている。
これ、内側の嫌われるということって意識に上がってこないと思うのですが、言われてみればこの構造になっています。
相手は特に日本人は、これを、感覚で掴み取ります。それも無意識で、
ですから、嫌われないようにしている人が受け入れられた時、いいように使われることがあるのは相手がその行為を、まっすぐにとっていないからなんです。
反対に嫌われないようにしようとしない人の前提はこうです。そのままで嫌われない、嫌われても人てことないです。これが示すところはなんでしょうか?
相手が逆に嫌われないようにするか、関わってこなくなるということです。
ですから、 「嫌われないための努力」を今すぐ手放してください。
「嫌われないように」と武装するほど、相手の無意識は「隠された欠点」を探し始めます。
逆に、「嫌われても死ぬわけじゃない」「そのままの自分でいい」と開き直ったとき、
自分のエネルギーは初めて純粋に放たれます。その堂々とした在り方が、結果として相手に敬意を抱かせ、磁石のように人を惹きつけるます。
好かれようとするのをやめた人から、本当の意味で愛され始めるのかもしれません。


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