『人新世の「資本論」』(斎藤幸平著)は、カール・マルクスの思想を現代の環境問題や社会の課題に結びつけ、資本主義が環境危機を招く根本原因であることを論じた書籍です。この本では「人新世」という地質時代概念を用い、人間活動が地球規模での環境変化を引き起こしている現状に注目しつつ、従来のマルクス主義や資本主義批判を再解釈しています。
1. 人新世とは何か
- 人新世(Anthropocene)は、産業革命以降、人間活動が地球環境に決定的な影響を与えた時代を指します。気候変動や生物多様性の喪失など、人類の活動が自然環境に不可逆的な変化をもたらしているとされています。
- 斎藤は、この概念を起点に、現代の環境危機の本質を問い直します。
2. 資本主義と環境問題
- 資本主義の特徴として、経済成長を無限に追求する「無限拡大の論理」があります。この論理が、環境破壊や資源の過剰消費を引き起こしています。
- マルクスの「資本論」では、資本主義の本質が「搾取」にあるとされますが、斎藤はこれを「自然の搾取」にまで拡張して論じます。
- 環境問題の解決には、単なる技術革新や市場メカニズムへの依存では不十分であり、資本主義そのものの限界を直視する必要があると主張します。
3. 脱成長の思想
- 斎藤は、従来の「成長至上主義」から脱却し、「脱成長」(Degrowth)を提唱します。これは、経済成長を目的としない社会を目指す思想です。
- 資本主義は経済成長なしには成立しないため、脱成長は資本主義に代わる新しい社会システムを構想する必要があります。
4. コモン(共同体)の再構築
- 資本主義が破壊してきた「コモン」(共有財産や共同体の概念)を再建することが重要であると述べています。
- コモンを基盤とする社会では、自然資源やエネルギーが共同で管理され、持続可能な形で利用されます。
- これは、個人の利益追求ではなく、コミュニティや環境との調和を重視する社会モデルです。
5. マルクスの「未完の計画」を継承する
- 斎藤は、マルクスの思想を「エコ社会主義」に発展させる必要があると考えています。
- マルクスは当時、環境問題に明確に言及していませんでしたが、その著作には自然と人間の関係を深く考察した部分が見られます。斎藤はこれを現代的に読み解き、「資本主義のエコロジカルな批判」として展開しています。
6. グリーン・ニューディールとその限界
- 一部で注目される「グリーン・ニューディール」は、環境問題への対策として提案されていますが、斎藤はこれを「資本主義の延命策」と批判します。
- グリーン技術や再生可能エネルギーの普及だけでは、経済成長の追求そのものを変えない限り、問題の根本解決には至らないと指摘しています。
7. 実践的な提案
- ローカル経済の強化:地域レベルでの経済活動の再構築を提案し、グローバル資本主義からの脱却を目指します。
- 生活様式の変革:消費中心のライフスタイルを見直し、簡素で持続可能な生き方を採用する必要があると述べています。
- 民主的な意思決定:社会のあらゆるレベルで、より民主的な意思決定を導入し、環境問題への責任を共有する体制を構築します。
結論
『人新世の「資本論」』は、環境危機の根本原因が資本主義にあることを強調し、資本主義の論理を超えた社会の可能性を模索しています。この本は単なる批判ではなく、新しい未来像を提案する実践的な視座を提供しており、脱成長やコモンの再建を軸に、持続可能な社会への転換を訴えています。
『人新世の「資本論」』斎藤幸平(著)
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